サッカーを見ていて、
「なぜあの選手は走らなかったのか」
「なぜそこでその判断をしたのか」
そう思ったことはないだろうか。
解説やニュースを見ても、答えは「運動量」や「気持ち」で片づけられることが多い。
けれど、ピッチの中ではまったく違う基準で判断が行われている。
このブログでは、元サッカー選手としてピッチの中にいた経験と、
引退後に外から試合を見る視点の両方を使って、
結果や数字だけでは見えない「判断の理由」を解説していく。
なぜ無理をしなかったのか。
なぜあえてリスクを取らなかったのか。
それはミスではなく、選択だったのかもしれない。
この視点を知ることで、
試合の見え方は大きく変わる。
勝敗だけで終わらない、一段深いサッカー観戦ができるようになる。
ここは、
サッカーを「分かったつもり」で見る場所ではない。
少しだけ、違う角度から理解するための場所だ。
解説者への憧れ
ちょうど2年前に現役を引退したあと、「次は何をやるんですか?」とよく聞かれた。
現役中からサッカーの指導はしていたとはいえ、正直に言えば、その時点で明確な答えはなかった。
ただ一つだけはっきりしていたのは、
ピッチから完全に離れるつもりはなかったということだ。
サッカースクールの運営や指導者もやりつつ、頭の中ではやりたいことがもう一つあった。
それが「解説する側」だった。
現役時代、ピッチで感じていた「違和感」
現役の頃から、試合を見ながらずっと感じていたことがある。
「この試合、たぶん外から見ている人と、中にいる俺たちで、全然違う景色を見ているな」
テレビでは
「運動量が落ちましたね」
「ここはこうしたほうが良かったでしょう」
そうまとめられる場面でも、ピッチの中ではまったく別の判断が起きている。
- 体力ではなく、次の5分をどう耐えるか
- ミスではなく、あえての選択
- 指示ではなく、空気を読んだズレ
それが結果的に失点や失敗に見えているだけのことも多い。
でも、その“中の事情”はほとんど語られない。
現役中は、それを気にする余裕もなかった。
引退して初めて分かった“見えなかったもの”
引退して、初めて試合を完全に外から見るようになった。
驚いたのは、
「分かることが増えた」よりも
「誤解されていることがあまりに多い」と感じたことだった。
- なぜあの選手は走らなかったのか
- なぜ交代は遅れたのか
- なぜ無難なプレーを選んだのか
外から見れば疑問でも、
中にいた人間なら分かる理由がある。
そしてその理由は、
勝敗の話よりも、人間の話に近い。
解説者として伝えたいのは結果ではない
スコアは誰でも見られる。
順位も、ゴール数も、データも、全部出ている。
だから僕が解説で伝えたいのは、
「何が起きたか」よりも「なぜそうなったか」だ。
- この選手は、何を優先していたのか
- このチームは、どこで無理をしなかったのか
- この判断は、間違いだったのか、それとも選択だったのか
解説という立場になって、
ようやくそれを言葉にできる場所に来たと思っている。
嘉茂の視点とは何か
このブログで書くのは、
完璧な戦術論でも、派手な批評でもない。
ピッチの中にいた人間が、
ピッチの外から改めて見るサッカーだ。
- 元選手としての感覚
- 引退後に得た距離感
- そして、分かりやすく伝える責任
それを全部ひっくるめたものが
「嘉茂の視点」。
正解を押しつけるつもりはない。
でも、「そういう見方もあるのか」と思ってもらえたら、それでいい。
このブログは、
サッカーを“もっと分かった気になれる場所”じゃない。
少しだけ、違う角度から見られる場所にしたい。
それが、引退後に僕が解説を選んだ理由だ。

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